アニマルコミュニケーションの精度は、
自己肯定感の高さに比例します。

ただ自信があるという
意味ではありません。

自分をトコトン知り、
どんな自分をも受け入れ
決して否定しない、嫌わない。

謙虚でありながら、
根拠のない自信を持つ人は、
そこはかとない力強さを持ちます。

誰に否定されようが、
軸がブレることはありません。

常に中庸を保てるのです。

そこには、絶対的な
自己信頼があります。

 

では、それがどのように、
アニマルコミュニケーションに
関係してくるのか?

勘の良い方は、そうお思いでしょう。

中庸を保てる力のある方は、
ペットさんの言葉を伝える力を持ちます。

「アニマルコミュニケーターって、
動物の言葉を伝えられる人じゃないの?

だったら、言葉を伝える力は持ってるよね?」

そう思いますよね?

もしかしたら、
そうじゃないかも…(-_-;)

なぜなら、ペットさんたちから
伝わってくる言葉は、

必ずしも、優しい言葉
ばかりではないからです。

 

ペットさんたちの飼い主への
「愛」は、本物です!

「愛」って、ただ生温いもの
ばかりではありません。

飼い主さんを次のステージへ
押しやることをミッションとして
やって来ているコは、

割と厳しい言葉を投げてきます。

 

「かあちゃん! いい加減にしろよ!!」

そんなストレートな事を
言うことだってあります。

たとえ、お空へ還ってからだとしても。

 

亡くして悲しんでいる
飼い主さんを目の前にして、

その飼い主さんの感情に
同情をしたとしたら、
どういうことになるでしょう?

中庸を保てないと、
ペットさんの真意を伝えることは
出来なくなります。

もちろん、伝え方はあります。

 

心に土足で踏み込んで、
傷口に塩を塗っていいと
いうわけではありません。

一方、中庸を保ち、
飼い主さんの感情に共感できる人は、
ペットさんの本物の愛を
伝えきることができます。

 

そこには、コミュニケーターの私情はなく、
感情にも翻弄されず、

同情ではなく、共感力でもって
飼い主さんの心に寄り添うことが出来るから。

 

アニマルコミュニケーターは、
「愛」となって飼い主さんに
寄り添うのであって、
「愛情」で接するものではありません。

それも、野生動物たちを見れば
よくわかります。

 

親離れ、子離れの時、
過酷とも思える態度を
親は子に示しますよね?

何のため??

自立のためです。

自分で自分の命を守り、
強いては、種の存続を守るため。

 

「愛」は、時に厳しいです。

ところが、人間は、この「愛」を
「愛情」と混同します。

エゴがそうさせるのですよね。

「嫌われたくない」という想いが、
「愛」であるべきところを
「愛情」にすり替えてしまうのでは
ないでしょうか?

与える側も、与えられる側も。

「厳しいことを言って
嫌われたくない」

ですし、

「厳しいことではなく、
真綿に包んでもらいたい」

ですから。

けれど、そこに成長は
ありますか?

自立を促され成長する
自然動物のように。

 

欲しい時に、
欲しい形の、
欲しい状態で示されないと、
カチンと来ませんか?

暴れませんか??

「愛」を受け取れない人って、
多いものです。

そんなところも、動物たちから
学ぶ点だと思うのは、
わたしだけでしょうか?

厳しすぎますか?

 

わたしは、「愛」で寄り添える
アニマルコミュニケーターを
育てます。

ファストフードでいいのか、

老舗の料亭になりたいのか。

ファストファッションでいいのか、

ハイブランドの製品になりたいのか。

その違いであると思います。

 

いずれにも、ニーズがありますので、
どちらが良いとか優れているという
意味ではないですね。

ただ、DearMum認定者は、
老舗の味を出せる人であり、

ハイブランド製品を求める方の
ニーズを満たせるように
トレーニングをしています。

 

ペットたちの声を聴き心地のよい言葉に
すり替えてしまうのではなく、

ペットたちの本当の声を、
うまく飼い主さんに
届けられる人たちです。

http://dear-mum.com/certified-animal-communicator/