「りこさんが、前におっしゃっていた
『人は元々愛でしかない』というお話を
もう一度聞きたいです!」

昨日近くのイタリアンレストランの
貸し会場にて開催した

『新サロンオープン2周年記念ランチ会』

終盤での出来事。

(ランチ会の様子はブログにアップしました)
https://ameblo.jp/peacefulmind-rico/entry-12544368505.html

 

せっかくの機会ですから、
何か知りたいことやご質問あればと
会場にお尋ねしました。

すっと手を挙げられたのは、
介護士さん。

認知症のおばあちゃんに
叩かれたり、つねられたり
したのだそう。

だけれど、そのおばあちゃんの瞳の奥には、
とてもピュアな光が見えたのですって。

それならばと、ハグをしてみたら、
思い切り頭突きをされたそうです。

それは、心も体も痛いですよね。

 

そんな折、ある方の愛のお話を聞いて、
そこで気づきがあり、
その後、そのおばあちゃんに接してみたら、

なんと! 

暴力を振るわれなくなった!!

そんなステキなストーリーが
最近あったらしいのです。

愛のお話聞きながら、
「これは、りこさんから
以前にも聞いたことがあるな」
と思い出したそう。

そこで、昨日、もう一度、
「人は愛でしかない」
のお話を聞きたいと
ご所望されました。

 

そこで、わたしが会場のみなさまに
お伝えしたことをここでも
シェアしますね。

まず、人は元々愛の存在
として生まれてきます。

生まれ出てきたときは、愛の塊です。

けれど、この愛はとても繊細。

傷付きやすいのです。

愛が光だとすれば、

光の対局は闇。

心の闇は何で作られるか・・・

それは、怖れです。

光:闇=愛:怖れ

こんな図式が出来上がります。

この地上に肉体を持つと、
怖れだらけ。

そもそもお母さんの胎内から
出ることは、

守られた環境を失う
怖れでもあります。

人は、様々な体験をしながら、成長をします。

この体験の中で、
傷付きやすい愛を守る術を
自然に獲得していきます。

薄いガラス細工のような
キラキラと七色に輝くハート。

そのハートを守るために、
ある人は、「嘘をつく」という
防護服を着るかもしれません。

「他人を攻撃する」
という服も着るかも。

「他人を信じない」
という服もあるし、

「押し黙る」
「逃げる」
「関わらない」・・・

 

わたし達がお洋服を
身にまとうように、

また心にも防護服を
着せるのです。

それも、
知らず知らずのうちに。

 

そして、わたし達はまた、
その防護服が、その人そのものだと
勘違いをします。

「嘘をつく人」

「逃げる人」

そんなふうに防護服だけで
人を価値判断し、
人にレッテルを貼ります。

それが人間関係のトラブルの
源でもあります。

 

先のおばあちゃんを例にあげると、

「暴力を振るう人」
というレッテルを貼って、

その人を何とかコントロールしよう
としている間は、暴力は収まりません。

 

けれど、その方の中に元々ある
防護服の中身、本来の姿である

「愛」

を見たときに、
自分も愛として関わる。

すると、その方も、愛で
応えてくれたのです。

 

認知症を患っていらっしゃると
理性は働かないことも多くなります。

理屈は通じないのです。

通じるのは、
ハートとハートの対話。

ペットたちとの対話も
同じくハートで行います。

 

レッテルに惑わされて
一喜一憂してしまう人間関係も、

視点を上げ、

視野を広げ

心の器を拡大して、

「人は元々愛でしかない」

そう心の中で呟いて、
もう一度、相手と
出会ってみてください。

きっと、相手の方も、
愛で応えてくれるでしょう。

 

すんなりうまく
いかなくても大丈夫。

受け取り下手な人もいます。

すぐに素直に
なれない人もいます。

頑なな人もいます。

今までそうして防護服を着込むことで、
バランスを保ってこられたのです。

急にバランスを崩されるのも、
また怖れを感じるものです。

それでも、諦めずに
相手の中の愛を見続ける。

待つことも愛ですから。

 

こうして、一人ひとりが
自分の愛を見出していく
ことができたなら、

この地球はどんなに
たおやかになるでしょう?

地球に住まう77億人の人々が
1ミリずつ意識を上昇させたなら、

人の集合意識は、どのように
地球へ貢献できるでしょう?

 

あなたは、どう思いますか?

https://abptu.biz/brd/archives/ipnuqo.html