ガンがあってはいけませんか?

とうとうカレンダーも残り2枚。

木の葉が散るような
物悲しさを感じてしまうのは、
わたしだけでしょうか…?

ここのところ、シンクロ続きな毎日です。

 

先日の学会では、わたしの次に
ご登壇になった先生が、糖質制限や
ケトジェニックダイエットなどの
お話をされました。

わたしが取り組んでいる
食養生と重なりまして、
先生とご挨拶がてらお話を
させていただきました。

「自分の体で実験中なんです」と
お伝えしましたら、

「それでいいんよ~

人によって違うからな~

何が良いとか、悪いとか、
わからんのよ~」と。

本当にそう思います。

百人百様です。

 

わたしのように、
たった二日で浮腫みが解消されるような

セラピストさんの実験台にはもってこいな
素直な体の人もいれば、

あれこれ試行錯誤しても
なかなか動かない体の方も
いらっしゃるでしょう。

 

「体の声を聴きなさい」

マクロビオティックを勉強していた頃は、
まったく分からなかったことが、
十数年経ってようやく理会
できるようになりました。

 

「ガンがあってはいけませんか?」

これも学会でお聞きした言葉。

これも、かねてから
思っていたことです。

 

「闘病」という言葉があるけれど、
とても違和感があるのです。

病と闘うって…。

闘うという事は、
病を敵視していると
いうことですよね?

都合悪いかもしれないけれど、
それでも、その病とやらも、
自分の一部として存在すると思うのです。

都合のよい自分は、もちろんのこと、
自分にとって都合の悪い自分の一部も、
決して嫌うことなく、
意味あって出逢ったのだという認識です。

 

我が家の小雪サマ。

フレンチブルドッグ、14歳7か月。

尻尾の裏に、シッポが生えてきました。

フレブルの尻尾って、ご存知ですか?

とっても短い上に、
水平以上には上がりません。

そんな尻尾の裏なんて、
見えません!

そんなわかりにくいところに
肉腫ができてきました。

最近、気づきました。

 

フツーは、良性なのか悪性なのか、
検査をしたり、その結果に
一喜一憂するのでしょうが、

そんな気が全くなくて、
淡々と事実を、ただ事実として
捉えています。

高齢になって、今更、
大きなストレスがかかることは
わたしの選択肢にはありません。

 

本当は、12歳でお空へ
お引越しする計画だった小雪サマ。

当初の予定からは、かなりの延長。

毎日、毎日、
一日、一日が
オマケです。

 

今日も、一日、何事もなく安寧に
一日が終わろうとしています。

それだけで有難い。

尻尾にシッポが生えようが、
それが例え悪性のガンであろうが、

病気がダメではないのです。

シッポも、かわゆいウチのコの
一部です。

 

心の問題、体の問題、
問題だと思えば問題だし、
個性と思えば個性です。

「ガンがあってはいけませんか?」
とおっしゃった先生は、

「それでも、今日の日が、
明日も続けばいいですよね?」

と続けられました。

 

排除ではなく、共存するという考え方。

抵抗すればするほど継続するという
宇宙の法則からも、

受け入れてしまうことが、
望む結果への近道だとも思います。

考え方も、百人百様。

これも、良いも悪いも
ないでしょう。

 

あれこれ、試行錯誤してみるのも
いいではないですか?

それが、生きているって
ことでもありますから。