死に目に遭えなかったのに救われたこと
我がコを腕の中で、
穏やかに看取りたい。
これは、飼い主さんなら誰もが
思うことではないでしょうか?
ちょっとした隙に、
あるいは、
入院中に、
ひとりで旅立ってしまった。
こんな体験をされる方も多いですね。
わたしも、小雪の死に目には
あえませんでした。
魂が体から抜ける瞬間を
観察してみたいと思っていましたが、
叶いませんでした。
小雪が亡くなったのは、
新月の翌日でした。
新月は、魂がお空へ還る
ベストなタイミング。
もしかしたら、この日かも!
と、見張るように
傍らにいましたが、
日付が変わることになりました。
日付が変わって、その日のタイミングは、
2時、8時、14時、20時だと知っていました。
ですから、2時、8時、14時までは
チェックが出来ました。
14時をすぎ、16時にも、
小雪の様子を見に行きました。
その時には息がありましたので、
「20時のタイミングまでは大丈夫かな~」
とも思いました。
そうして、帰ったのが19時過ぎ。
すっかり冷たく死後硬直がきていました。
目も落ちくぼんで、
完全に死体になっていました。
小雪の手を握りながら、
呆然としました。
ここまでカチコチになるということは、
様子をうかがいに戻った16時、
その直後に逝ってしまったのだな~と
感じました。
占星術的に観ても、
どうやら16時20分までに
魂は抜けたようです。
言われてみれば、
「こゆちゃんの好きにしていいよ」
16時のチェックの時に、
そう心の中で呟いた覚えがあります。
けれども、
ここまでカチコチになった様子は、
予想していなかったので、
「待っててよ! 絶対に待っててよ!」
と言えば、必ず待っててくれただろうに…
とも思わなくは、ありません。
これまでのセッションでも、
「お父さんが、家に居るときに!」
「お休みの日に!」
「腕の中で!」
と具体的にお願いをして、
その通りにお約束を守ってくれたコたちが、
たくさんいるから。
「体から魂が抜けるのは、
着替えをするようなもの、
それは、誰かに見せるものではない」
小雪自身は、そう伝えてくれましたが、
だからって、そんな数時間も
経つほどでなくてもいいじゃない!?
とも思うわけです。
そして、遠方の一人ずつバラバラに住まう
家族が、何と言うか、
どう思うか、それも気になりました。
そして、わたしが一番救われたのが、
家族全員
「まぁ、小雪らしいやん!」
と言ったことでした。
ブラジルに住む夫
東京に住む娘
京都に住む息子
まるで口裏を合わせたかのように
「小雪らしい」と。
「なぜ、もうすぐってわかってるのに、
傍に居てあげなかったの!?」
誰か一人でも、そんな言葉を言ったなら、
わたしの心は、その一瞬で、
ぽっきりと折れていたことでしょう。
小雪を預かり、可愛がってくれた両親も、
「まぁ、長いこと、よう見たったわ」
「ありがとうって、言っとるわ」
そう労ってくれたのも、救いでした。
いつか迎えるお別れの時、
家族の方針と気持ちが、
一つになっていることは、
とても大切だと感じました。
特に、ワンちゃんは群れの動物です。
家族という集団が、
一つの輪になっていることを
とても望みます。
家族の輪の中を
愛と感謝でいっぱいに満たして
その輪の中で、最期を迎えられたなら、
どんなに幸せなことでしょうね。
どんなに体に不調があったとしても、
最期は、脳内モルヒネが放出されて、
一生で一番の多幸感に包まれるとも言われます。
愛と感謝をたくさん伝えながら、
幸せホルモンをいっぱいにして
見送ってあげたい。
いつか必ずやってくるその時のために、
家族の輪を、今一度、見直してみるのも
いいかもしれません。
そんな機会を持つのも、
我がコからのギフトでしょうね。